2013年11月18日月曜日

コクとは何か(1)おいしさを作り出しているもの

コクと旨味の秘密/伏木亨

コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170) によると、コクという言葉が食品に使われ始めたのは1980年代くらいからだという。

「コクのある」という表現は.早川文代氏の著書「食語のひととき」によると、語源は古代中国にあるものの、日本で一般大衆に気軽に使われるようになったのは1980年代以降です。具体的には、アサヒビール「スーパードライ」のテレビCMで「コクがあるのにキレがある」と使われてからと言われています。(「コンビニ食と脳科学」P36)
この本は、なんだか曖昧な「コク」という概念を科学的な研究も踏まえながら説明しようとした、意欲的なものである。



海外で味覚に関して日本関係の言葉としてよく聞かれるのがUMAMI(旨味)がある。これと「コク」はどう関係しているのだろうか。そしてそもそも「うまみ」とは何だろうか。本書によると、


<旨味とはなにか>

「うまみ(旨味)」という言葉には二つの使い方がある。

1. 一般用語としての旨味=総合的なうまさとしての「おいしさ」

2. 学術用語としての旨味=グルタミン酸ナトリウム糖等のアミノ酸、イノシン酸などの具体的な物質の味をさす。
この本では、2.の定義が使われている。
そもそも世間でいう「うまみ」と科学の世界でいう「うまみ」とでは別のものを指していることかあります。前者は「旨味」と書くことか多く総合的なうまさとして「おいしさ」とイコールだったりしますが、後者はグルタミン酸ナトリウムなどのアミノ酸やイノシン酸といった具体的な物質の味です。舌における受容体(細胞の中にある特定の物質に反応するもの)の存在も明らかにされており、一般に「うま味」と記述されます。一九八五年にハワイで開催されたうま味国際シンポジウムで「うま味」(英語ではUMAMI)は学術用語として正式に認められています。アミノ酸の「うま味」は「コク」の重要な成分の一つです。そして、コクは「おいしさ」や「旨さ」の重要な要素であると言えば、これらの関係がおわかりになると思います。(
つまり、概念の大きさでいうと


「おいしさ(旨さ)」>コク>うまみ

ということになるのだろうか。ではコクとな何なのか。


<コクとは何か>

明確に定義がされているわけではないのだが、文中になんども「コクとは」という言葉が出てくる。それらを拾ってみると、
コクは尖った単調な味覚とは正反対に位置するようです。特定の味の刺激が突出せず多くの味覚が複雑に絡み合い、個別の味覚としては認識できないほどの多くの刺激がある場合に、コクのような総合的な感覚に至るように思われます。「たくさん味が混じっている」という感覚がコクの一つであると思います。「集合」はコクの正体を知るうえでの重要なキー ワードになりそうです。(P21) 
ではコクを感じるための受容体はあるのでしょうか。コク専用の受容体は残念ながらまだ発見されていません。コクを生み出し増強する基本成分の甘味、油、各種のうま味には、それぞれ固有の受容機構があります。コクを増すとろみは物理刺激の受容体がキャッチしています。 天然ダシの香りなどの匂い成分は喚覚一党容体が働いています。コクはこれらの容体が総動員で脳に信号を送るために生じる感覚のように思います。(P125)
つまり、コクとは様々な味覚が混じり合った中で起る、味覚以外の感覚や精神性も含めた結果生じる総合的な感覚の事で、食べ物の「おいしさ」に大きく関係しているもの、のようだ。 

 <コクの3段階>

著者はコクを3層に分けて説明する。

1: 第一層のコク(コアのコク)

これは生存本能から産まれているらしい。糖分、油、ダシの旨味から成り立つ。これは1. 生命を維持するにあたって必須の栄養成分であることと、2. 摂取の難しさの両方が成り立つときに生じているようだ。
人間の5つの味覚である甘味酸味塩味苦味うま味はそれぞれ個別の受容体を舌に持っているのだが、その中でも甘味とうま味が、そしてそれに油を加えた3つがコアのコクを構成している、という。
これについてはネズミを使った実験結果が示されていて、油や砂糖水を使った実験ではネズミは「やみつき」になる行動を示すという。ダシについては、鰹だし溶液単独では油や砂糖のようなやみつき行動は観察されないが、デンプンの一種のデキストリンを添加すると顕著なやみつき効果が見られたという。鰹だし風味と、うま味、デンプンのカロリーの3者がそろうと強いやみつき感が得られる、ということらしい。さらに、コアのコクを形成する3つの食材は、おいしさの快感を発生させるために脳内の麻薬の受容体でもあるオピオイド受容体を利用しているとのこと。「麻薬のようにおいしい」結果につながっているということか。
面白いのは人間の5つの味覚のうち、「塩味」についてはネズミが執着を見せないらしいことだ。これについては1. 必須だけれどたくさん取ればいいというわけではないこと、2. 通常の生活では食事の中で十分に取ることが可能なことが理由ではないか、と著者はいう。
これは考えてみるととても面白い。塩の不足によって人間が死に至る、という話は人類の歴史の中でたくさんあったはずだが、それよりもずっと多くの人が食料そのものの不足によるカロリー不足で亡くなったのだろう。
生命維持にとって重要なものを「おいしい」と感じるように、私たち動物は糖分、油、ダシの旨味に特別の喜びを感じるように進化してきたようだ。

2. 第二層のコク

第一層のコクが「成分」を根拠としているのに対して、第二層のコクは学習をもとにした「感覚」を根拠にしている、と著者は言いたいのではないかと思う。

著者によると第二層のコクは、食感、香り、風味*によって成り立っているという。また、それらは「第一層のコク」を想起させる情報を持つものである。例えば、あんかけのとろみなどの濃厚な食感は豊富な栄養素を連想させるし、肉の柔らかさは第一層のコクである油を連想させる。著者はこれが学習によって強化されている、という。

一度油脂の多い肉を食べて、その成分を体が「油が多かった」という「実際のデータ」として認識したことがある経験を持てば、次に柔らかい肉を食べた時に油の多さを連想しておいしく感じる、ということだ。食感、香り、風味はある食品に対する体の感覚の結果だが、それぞれは次のような効果をもたらすようだ。

食感:たとえばあんかけのとろみなど、濃厚な食感を演出するような調理法だ。また、ジャムやゼリーは同じ甘さのジュースよりもコクが感じられるはずだ。また日本人が決して忘れられないコクの一つにカレーライスがあるのではないかと思う(あー、食べたくなってきた)。カレールーの粘度はデンプンによって作り出されている(インド人にはこれは不人気)だが、食感としてのコクにはかなり貢献しているはずだ。また、デンプンでとろみを出す作戦は日本食だけでなく、中華料理でもよく見られる。


香り:駅の立ち食いそばやさんのダシの匂いだけで、あのダシの旨味を想像してしまって食べたくなる経験はだれにでもあるのではないかと思う。お祭りの屋台はそういうにおい(香り)であふれている。コアのコク(第一層のコク)である砂糖や油と共存するものはコクとして認識されやすくなるようだ。ステーキの焼ける匂いや、食べる準備ができた時のすきやきの匂いは、学習された強烈なコクだ。


風味:風味とは口から入る匂いのことで、定義は下記。

風味というのは口の中に入れた食物から出た香りが鼻に抜ける際に感じる匂いです。香水のように鼻の穴から入ってきた匂いは香りとして風味とは区別されます。口に近い鼻腔領域で感じる風味は食物のおいしさに大きく関係しています。喚覚の参入は、味わいの空間的・時間的な拡がりを一層ダイナミックにしています。(P35)
これらに共通していることは何だろうか。著者は「連想のコク」として表現する。第二層のコクを感じるには「学習」が必要になる。
例えば、カニや貝風味のアミノ酸混合物などは、しばしばコクを増すと表現されることがあります。これらを第二層のコクとしてまとめたいと思います。コアーのコクに付随する情報をわれわれは自然に学習して、それを第二層のコクとして感じているものと思われます。第二層のコクはしたがって、どんどん拡大してゆきます。
しかし、第二層のコクは、あくまでも学習・連想されたものであり、単独ではコクではないところが、コアーのコクとは大きく異なるところです。動物は第二層のコク単独に対しては執着行動を起こしません。栄養素の実体がないからです。私たちがコクだと思っている風味やうま味に対して、動物は容易には執着しません。栄養素の裏付けがないものに執着することは動物にとって致命的です。第二層のコクは、栄養素の存在の手がかりとして動物に利用されています。単独で動物が執着するか否か。それが第一層と第二層、つまり実体と学習による連想とを分ける境界と言えるでしょう。(P140)
また、優れた料理には、その味に時間的・空間的な広がりがあることを著者は指摘している。先日食べたキャロットスープの最後にレモンの風味がするものがあった。キャロットスープという一般的にあるイメージがあって、その上で食べてしばらくしてレモンの風味が広がるという時間差の攻撃に、思いがけない驚きを感じる、という経験をしたが、あれなどはまさに第二層のコクを体現していたと思う。

-コクの空間的/時間的広がり-
大阪大学大学院人間科学研究科の山本隆教授は、コクには「空間的な拡がり」と「時間的な拡がり」の両方があると表現しています。「空間的な拡がり」とは何か。おいしい料理は舌の隅々まで甘味、塩味、うま味等々、全ての感覚をくすぐります。単に味覚だけではありません。食材それぞれの歯触りや、なんこうがい舌にさわる柔らかさ、上あごの口腔側、いわゆる軟口蓋での感触や濃厚さを醸し出す粘りなど口腔内の物理的な感触も空間を拡大してくれます。口の中全体を動員したおいしさの拡がりが空間的な拡がりであり、調和の取れた拡がりを感じるとき人はコクがあると吃るようです。空間的な拡がりと平行して、締まった感じや焦点が鈍い感じも発生します。これらも空間的な感覚のようです。調和が取れて全体がうまくコーディネートされたときに、「きりつと締まった感じ」が派生するのではないかと思います。(P26)
一方、コクの「時間的な拡がり」とは何か。味わいは一瞬ではありません。口の中に入れた直後の素早い味・・それに続く中間的な・味わい・そして後半の味わいと余韻曇口の中に入れたとたんに速やかに感じられる甘味や一瞬遅れてくる甘味など、甘味によっても特徴があります。味わいに時間差があるのです。 (P28)
コクの第三層については次のエントリーで書くことにする。

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